2011.01.17 執筆コラム 「マクラーレン」ヒットの本当の理由

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2010年12号掲載

イクメンがベビーカー市場を変えた?

育児に積極的に参加する男性を指す言葉“イクメン”が、わずか1 年足らずの間に広まり、2010 年の流行語に選出された。厚生労働大臣が国会で「イクメン・カジメンを増やしたい」と宣言し、東京都文京区長を皮切りに地方の首長が相次いで育児休暇を取得するなど、イクメンがらみのニュースが新聞を賑わす回数も増加の一途だった。

そんなイクメンの登場で、育児関連市場も大きく変動していると言われている。育児関連の商品は専らママが使用者であり、購入時の選択者だったため、商品企画・開発もママ視点をいかに取り込むかに主軸が置かれていた。そこに、パパたちが使用者として、何より購入決定者として参入し始めただけに、大きな変化は必然といえる。

そんなイクメンパパたちが商品選択をし、ヒットした代表例として取り上げられるのがマクラーレンのベビーカーだ。身長の高いパパでも扱いやすい大きめのサイズ、名前の響きもF1カーを彷彿させ男心をくすぐり、パパたちが日本製のベビーカーよりも外国製のマクラーレンを選んでいる…という説をマスコミでもよく見かけるようになった。しかし、マクラーレンがベビーカー業界の黒船となり、日本製ベビーカー業界を震撼させた要因は、イクメンの登場だけではない。

創意工夫の日本製・質実剛健の外国製

ベビーカーは赤ちゃんの成長に応じて大きく2 タイプ存在している。生まれたての乳幼児にはベッドのようにフラットになりママの顔が見える対面タイプのA 型、お座りができるようになってからは座席がイスタイプで外を向いたB 型と、成長に応じて求められるカタチが変わる。創意工夫が得意な日本製ベビーカーはこのA 型・B 型兼用を実現、産まれた直後からベビーカー卒業まで1 台ですむ大きなメリットがあった。一方のマクラーレンなどの外国製はB 型タイプが主流のため、生まれたての赤ちゃんにいきなり使用するにはやや難があったといえる。

しかし、インターネットによって利用が簡便になったレンタルによって市場に変化が生まれた。産まれて半年程度はレンタルのA 型ですませて、それ以降3 歳程度まで長く使用するB 型を購入するパターンが増えてきたのだ。そうなると、A 型B 型兼用の日本製に比べて、B 型に特化している分、マクラーレンは操作性も良く、何より堅牢でサイズにゆとりもあり、3 歳を過ぎても使い続けられるメリットが際立つ状況になった。外出の制約のある妊婦や産後間もないママにとってインターネットは今やなくてはならないものである。そのネットによって販売経路だけでなくレンタルも気軽にできるようになったことで、ベビーカーは“成長に応じて使い分けるもの”という製品スタイルまでも変えてしまったのだ。

赤ちゃんウエルカムなインフラ整備

実は、ここ数年で大きく変化している点がもう1 つある。ベビーカーを取り巻く環境が変わってきているのだ。

これまでの日本製ベビーカーのセールスポイントの大きな要素に“たたみやすさ”があった。「ワンタッチでたためる」「片手でたためる」など、赤ちゃんを片手に抱きながら、もう片方の手でいかに簡単にたためるかが日本製ベビーカーの大きな差別化ポイントだった。電車やバスなどの交通機関で、外出先や自宅でもベビーカーはたたむことが常識だった。ママたちは、オムツやミルクなどの多い荷物と赤ちゃんを抱えて、ひとりでベビーカーをたたむため、たたみにくい外国製ベビーカーは実用的ではない、と以前は敬遠されていた。

ところが、近年、電車などの交通機関やデパートなどの商業施設で、赤ちゃん連れのママたちを呼び込もうとする動きが活発化し、ベビーカーのままでの利用に障害がなくなってきた。バリアフリーなどのインフラも急速に改善され、ベビーカーはたたむものではなく、そのままの状態でかまわないモノになったのだ。何より、赤ちゃんと一緒の外出の価値自体の変化がある。電車などで周り乗客に遠慮しながら行うものだった子連れ外出が、いまや堂々と“アピールしたいお出かけ”に変わったのだ。両手でたたまなければならない頑丈なマクラーレンのデメリットだった要素が、頑丈さゆえの走行性の良さ・外国製ならではの見栄えの良さというメリットに変わる結果となった。

新しい価値を持つ日本製ベビーカーの登場を

これらの要因をみれば、イクメンの登場がマクラーレン躍進の要因の一端でしかないことがおわかりいただけると思う。また、ヒットの本当の理由もマクラーレンが日本市場に向けて策を講じた結果ではなく、変化しつつあった日本のベビーカー事情にたまたまマッチしていたというべきものだったのだ。日本のメーカーは現ユーザーの声と現チャネルの声ばかりに注視していたために、世の中の変化への対応が後手に回った印象だ。

現在では驚くほどのスピードで日本勢が“マクラーレンっぽい”ベビーカーを矢継ぎ早に市場投入している。しかし、マクラーレンの改良モデルだけでなく、今度こそ次の変化を察知した、ベビーカーの新しい価値を提案する日本製のベビーカーの登場を期待したい。