2017.08.18 執筆コラム 103年愛し愛され続ける 宝塚の自画自“尊”オーラ

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2017年8号掲載

その舞台を観たことがなくても、誰もがイメージだけは知っている宝塚歌劇団。2014年に100周年を迎え、今なお観客動員数を伸ばし続けている、強固なブランド力と強かな戦略を内包する世界唯一の女性だけの劇団だ。一方で、スターたちの新陳代謝により常に鮮度を保つ仕組みが、ジャニーズ事務所やAKB48等のスター育成型ビジネスモデルの先駆者であることは有名だ。2,000席を超える東京宝塚劇場では土日休日はもちろん、平日の2回公演ですらすべて満席。未就学の女の子から老齢のご婦人まで、誰もが瞳を輝かせ、うっとりとしあわせそうな表情で舞台を見つめる客席の光景は、ある意味、舞台以上に圧巻でもある。なぜこれほどまでに幅広い年代の女性たちに愛され続け、103年を超えてなお成長し続けていられるのだろうか。

はじまりは温泉場の無料余興

今でこそ、国内はじめ海外にも多くのファンを有しているが、そもそもは「温泉場の余興」。阪急宝塚線(当時は箕面有馬電気軌道)の乗車目的地として設けられた温泉場の、無料アトラクションとして1914年(大正3年)に誕生したのがはじまりだ(今で言うスーパー銭湯の歌謡ショー的な存在か)。

が、その「おまけ」をおまけに留めなかったところが小林一三翁の凄味である。まさに箱入り娘を育てるが如く、本場パリ仕込みのレビューを取り入れ、オリジナルの楽曲や作品、豪華な衣装や舞台装置で、それなりの金額を出す価値のある「商品」として「夢の世界」を本気で作り込んでいったのだ。時にオンナコドモ相手と揶揄されることがあっても、事業家としての強い確信があったに違いない。

それにより、創設当初の鉄道乗客獲得という目的が意味を成さなくなっても、宝塚は成長を続け、いまや花・月・雪・星・宙(そら)の5組(+専科)体制、総勢約400名のタカラジェンヌを擁するまでになった。むろん、その体制整備には理由がある。

コンテンツ稼働率を上げるファン包囲網

宝塚大劇場(2,550席・通年公演)、東京宝塚劇場(2,069席・通年公演)、宝塚大劇場に併設の宝塚バウホール(526席)と3つの専用劇場を持ち、また外部劇場の博多座、中日劇場、日本青年館ホール、赤坂ACTシアター、東京国際フォーラム・ホールC、梅田芸術劇場メインホール、同シアタードラマシティなどでほぼ定期的に公演し、かつ、全国各地の公共ホール等を廻る「全国ツアー」も年に2回実施されている。つまり、毎日必ず全国数カ所で宝塚の幕が上がっているわけだが、それを支えるのが1998年の宙組創設による4組から5組体制への移行である。しかし、単に公演数を増やすことだけが目的ではない。放送と通信の融合の掛け声も今や懐かしいが、まさにそうした時代の環境も得て、(言葉は乱暴だが)売れるものはなんでも売る、そんな明確な意思表示だった(それまでがあまりに宝の持ち腐れだったのだが)。

近年ではトップスターの退団公演千秋楽をはじめ、人気演目の千秋楽等は全国のTOHOシネマズ等でライブビューイングが行われるのだが、その4,600円のチケットも「瞬殺」という状況にある(この7月に退団した雪組トップスター早霧せいなの退団時は、全国約70ヶ所の映画館に加え、台湾と香港でも中継された)。

また、2002年からはCS放送「TAKARAZUKA SKY STAGE」がはじまり、月々4,000円弱の視聴料で朝から晩まで宝塚漬けになれるという、素晴らしくも恐ろしいチャンネルが加わった。まさに「人間やめますか、スカイステージやめますか」という葛藤とファンは日夜戦っている。また、1918年創刊の雑誌「歌劇」をはじめ、月刊定期刊行物の雑誌に加え、写真集やムック本、公演CDやDVD、Blu-ray、多種多様なオリジナルグッズなど、アイテム数も年々増え続け、ファンのお財布と時間は常に危険に晒されている。

しかし、「退団」というキラーコンテンツの存在と、幅広い年代の多様なお財布(学生、社会人、マダム等々)をおさえていることから、「作れば売れる」という何とも羨ましい状況が常態化している。

男役における伝統継承と創造的破壊

女性だけの宝塚はしばしば男性だけの歌舞伎とその存在が対比される。歌舞伎の女形がリアルな女性以上に艶やかな世界を作るように、宝塚においても男役の一挙手一投足は現実社会では決してお目にかかれない理想の男性を体現している。宝塚では「男役10年」と言われている。自らの研究と研鑽により、10年を経てやっと男役としての色気や魅力が滲み出るさまを指すのだが、その成長過程自体もファンにとってはかけがいのない魅力である。

こうした男役へのトキメキそのものは、男役が誕生した90年程前から現在に至るまで不変であるが、その時代ごとに人気アイドル像が変化するように、男役も変化している。宝塚の男役として守るべき品や美しさは死守しつつ、時に激しい賛否の波を起こしながらもメイクや仕草を刷新していくタカラジェンヌたち。オールドファンも安心して観られる「いつもの美しい宝塚」でありながら、次のスタンダードを作っていく進化が若いファンをも取り込み、常に新鮮な循環を作り出している。

異業種からのトライアル機会創出

同様のことは公演作品にも言える。その台詞回しと演出様式、再演回数の多さから「宝塚歌舞伎」と称される「ベルサイユのばら」。1974年の初演以来、幾度も再演を重ね、2014年には観客動員数500万人を突破している。「ベルばら」は池田理代子の漫画を舞台化したもので、当時としては挑戦的試みであったが、現在もそうした挑戦により、積極的にファンの拡大を図っている。

例えば、つかこうへいの「蒲田行進曲」を原作にした「銀ちゃんの恋」。映画からは「カサブランカ」「誰がために鐘は鳴る」「風と共に去りぬ」などの往年の銀幕作品だけでなく、「オーシャンズ11」があるかと思えば、1957年の日活映画「幕末太陽傳」(しかも主演・フランキー堺の喜劇!)まで舞台化する懐の深さ。人気ゲーム「逆転裁判」や「戦国BASARA」、SF小説「銀河英雄伝説」、コミック・アニメ「メイちゃんの執事」「ルパン三世」「るろうに剣心」、今年から来年にかけては「はいからさんが通る」に「ポーの一族」と枚挙に暇がない。

これら作品群を見ても非常に幅広い年齢層と多様なマニア(マニアはお金に糸目をつけない)を狙っていることは明白だ。

どの業界においてもロングセラー商品こそ実はたゆまぬ進化を続けているものだが、宝塚もまた、常に新たな作品と男役像に挑戦し、舞台でイノベーションを起こしているからこそ、世代を超えて愛され続ける103年ブランドなのだ。

自画自賛ソングが人を惹き付け束ねる

さて、先述の通り、日頃はそれぞれの劇場で公演したり、公演がない組は次回作の稽古をしたりと別々の活動をしている5組であるが、年に一度、12月後半に「タカラヅカスペシャル」と称する5組合同の2日間だけの特別イベントが宝塚大劇場にて行われる(東京宝塚劇場にて公演中の組は中継にて参加)。ここで盛大に歌われるのがファンにはお馴染みとなった「自画自賛」ソングの数々である。

シャンソン風あり、昭和歌謡風あり、ラテンやマーチ、タンゴやサンバなどなど、多種多彩なメロディではあるが、要するに「宝塚は素晴らしい」ということを、ひたすら歌うのだ。「ああ宝塚わが宝塚」「TAKARAZUKA FOREVER」「タカラジェンヌに栄光あれ」「ハロー・タカラヅカ」「TAKARAZUKA・オーレ」「アプローズ・タカラヅカ」「ボンジュール宝塚」「タカラヅカ行進曲」「カルナバル・ド・タカラヅカ」…ざっとタイトルを並べるだけでも、自画自賛っぷりが伝わるのではないだろうか(称えてます)。行事の際に歌われるこれらの楽曲、100周年の記念イベントの際は有馬稲子や朝丘雪路、寿美花代たち大ベテランOGも参加しての大合唱であった。その時々の公演ソングとは異なり、これらの歌はことあるごとにずっと歌い継がれ、入団間もない10代のタカラジェンヌと80代90代のOGとを結び、お団子ヘアのバレエ少女と白髪の老婦人との心をひとつにする。「宝塚が大好き」というただひとつの、しかし、とてつもなく大きく強い共通の気持ちを実感できるのがこうした歌なのだ。

舞台上で華やかなスパンコールを強いライトにキラキラと反射させながら、これ以上ないほどの満面の笑みで堂々と歌われると、なんだかとてつもなく有難いものを拝ませてもらったような気になり、舞台を見つめる客席もまた、この世の極楽を拝むが如く満面の笑みで満たされていく。

その様子からある時思い至ったのが、小林一三翁の出身校、卒業生による巨大組織・三田会を有する1858年創立の慶應義塾との相似点である。伝統校共通の傾向ではあるが、自画自賛ソングの多さと自尊意識の強さにおいては圧倒的だ。だからこそ他に類をみない結束力と集金力、そしてブランド力が維持されているのだろう。

時代や社会・環境が変わってもわたしたちの絆は変わらない、と(根拠なく)信じられる強い自尊・自己肯定の感情は自律的成長力を内包する。超難関の入団試験を突破し、入団してからも(劇団のムチャ振りにめげずに)厳しい芸の精進を続ける底力、誇りを支え舞台を作り上げていく組の結束力、そしてその成長を見守るファンとの絆と、ファン同士のつながり。その強さ・明るさに人々は自ら巻き込まれたい、仲間になりたいと惹き付けられる。理屈でなく、右脳直撃型の本能だ。世代を超え、時代を超え、愛され続ける理由は、自らもまた自分たちを強く愛していることに他ならない。