2019.10.28 執筆コラム 『人生100年時代の経済』 急成長する高齢者市場を読み説く(ジョセフ・F・カフリン 著、依田光江 翻訳、NTT出版)

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2019年10号掲載

リンダ・グラットン氏共著の「LIFE SHIFT」によってすっかりお馴染みになった「人生100年時代」。いまや枕詞のように何にでも付いて回っているが、本書は「人生が延びた部分」すなわち高齢時代にフォーカスして、未だ真の高齢者市場が確立されていない理由と背景、そして今後の取り組みについて具体的に言及している。

タイトルには「経済」の二文字が使われているが、むしろ「人生100年時代のマーケティング」、または「人生100年時代の商品開発」とでもした方が良いのではと感じるほど、マーケティングや商品開発担当者にとっては、どのページも示唆に富む内容に満ちており、自省の念にもかられる。

どの章においても再三繰り返されて指摘されているのが「高齢者の物語(ナラティブ)」の根強さと危険性である。いわく、“本質的に不健康で経済的生産能力を一様に欠いた「老人」のイメージ”が20世紀に強く浸透したおかげで社会福祉政策は充実してきた。しかし一方で、高齢者自身もその老人イメージに浸食され、既存の使い古された物語から脱することができずにいるため、社会情勢が一変しているにもかかわらず、高齢者は自らの新たな欲求に対する気付きの機会すらなく、ゆえに新しい行動や消費も生まれていない、と指摘している。 “老いの物語は、もともと歴史の遺物とマーケティング戦略が折り重なってできた社会通念として変動しつづけてきたが、人口高齢化と共存するためのアイデアを阻む負の要素が、かつてないほど大きくなっている” と。

上記のような理由からグループインタビューを実施してもイノベーションに結び付かないだろうと調査の難しさにも言及しているが(むろん代替手段についても書かれている)、同時に高齢者かつ女性の経験の中にイノベーションに必要な知見はある、とも述べられている。洋の東西を問わず企業の経営層や企画担当層と最も遠い存在である「高齢者×女性」にいかに向き合って先進国共通の課題解決のヒントを得ていくか、高齢者市場に対する視座のとらえ直しと処方箋が具体的な事例や手法とともに述べられている。この市場に向き合う前の必読書である。