2020.06.02 メディア掲載 公益社団法人 日本マーケティング協会発行『MARKETING HORIZON』2020年5号の特集「わたしはこうして無印良品沼に落ちました」を担当

公益社団法人日本マーケティング協会発行の機関月刊誌『MARKETING HORIZON』2020年5号特集テーマ 「素晴らしき普通」 への思いとして、弊社代表のツノダフミコが執筆を担当いたしました。

わたしはこうして無印良品沼に落ちました

ブランドとしての素晴らしさについては既に語り尽くされている「無印良品」。いや、ブランドとしてだけではなく、良品計画の経営戦略や事業内容についても、もはや語る余地はない。従って、本稿は無印良品のマーケティングについて改めて言及するものではない。あくまでも「この冬、無印良品の服で快適な冬を過ごせた」いちユーザーのレビューのようなものと思っていただきたい。

ライフスタイル・ブランドの功罪

そう、この冬、わたしは無印良品の衣類に感動し、感謝する毎日だった。このように書くと「何を大袈裟な」と思われるだろうが、衣類については非常に遅い無印良品デビューを果たした身にとって、その着心地は感動と感謝以外の何ものでもなかったのだ。

無印良品の雑貨や収納グッズは家でもオフィスでもさんざん愛用し、カフェもしばしば利用していたくせに、そして、ガーゼや麻のパジャマ類は何年も前から一家揃って愛用していたにも関わらず、それ以外の衣類はずっと敬遠気味だった。

白、ベージュ、紺、黒といった色で占められた、あまりに「らしい」売場に幾度か脚を運び、何枚か手に取っては鏡の前で当ててみる。が、これまで買うに至ることはなかった。シンプルなデザインは好きなのだが、どうもしっくりこないのだ。ブランドに対する過剰な先入観、「無印良品的な人」に対する色眼鏡とでも言おうか、なんとなく「自分のものではない感じ」が邪魔をしていた。

実際に販売されている商品たちが必ずしもそういうものばかりではないにも関わらず、シンプル、ナチュラル、オーガニックなライフスタイル・イメージが強い無印良品。とりわけウエア類は自らのそうしたライフスタイルを宣言しながら歩いているようで、これまではどうも居心地が悪かったのだ。

しかし、この冬、わたしを感動させ、惚れさせたもの、それはインナーの「綿であったか」シリーズに始まり、「首のチクチクをおさえた洗える」シリーズのセーターで季節を終えた。各々のネーミングでその魅力のすべてを言い尽くしている感もあり、この原稿もここで終わりにしても良いくらいなのだが、もう少し書かせて欲しい。これらがいかに「普通にすごい」、ではなく「素晴らしい普通」であるかを。

まんまなネーミング、「あったか」シリーズ

多くの人がおそらくそうであるように、冬のインナーでは某保温インナーの比率が高かった。最近ではアウターに合わせて襟ぐりや袖丈に躊躇無く鋏を入れてカスタマイズしたうえで愛用していたほどである。

が、ある日、SNSでふと目にした某保温インナーによる肌乾燥に悩む人たちの嘆きの声。その彼ら彼女らに支持されていたのが無印良品のインナー「あったか」シリーズだったのだ。わたし自身は乾燥自覚はまったくなかったものの、それらの年齢性別を問わない投稿の数々を目にしたら最後、もはや試さずにはいられなくなってしまった。

無印良品のウエア類を敬遠していたのと同様、実はインナーに対しても従来魅力を感じていなかった。ひとことで言うと「かわいくない」から。色もデザインも自分にとっては気分が上がるものではなかった。が、今回はライフスタイルやデザインではなく、絶賛されているその機能をとにかく試してみたくなったのだ。まだ外出自粛要請も出されていない当時、すぐに話題の売場へと向かった。

「綿であったかインナー」シリーズは綿100%なのに肌触りが良くあたたかさに優れているというもの。もうひとつの「綿とウールで真冬もあったかインナー」シリーズはさらに保温性を高めたもので、ウールを綿で包んだ糸を用いている。いずれも天然素材100%が売りだ。

店頭で「綿であったか」のサンプルを触ると某保温インナーよりずっと地厚。が、手触りは軽く、やわらかく、なんだかほわっと気持ちがいい。懐かしい感触。「綿とウール」はかなり地厚感があり、室内では暑すぎるかなと思い、まずは「綿であったか」の長袖を一枚買って帰り、翌朝早速袖を通した。

まさか、その日の帰り道、再び店に寄り、自分の分だけではなく、家族の分も次々と買い足すことになろうとは。

自分でも何かにとり憑かれていたのではと思うほど、この時期、まさにMUJIパトロールな日々だった。見た目はシンプルを極めたどうってことないインナー。しかし、この着心地はただ者じゃない。あたたかさの感じられ方や、ほっとする着心地がとにかく嬉しくなるほど気持ちいいのだ。それは、たとえばジェラートピケ的な萌え袖的ふわふわ感でもなければ、ヒートテック・エクストラウォーム的な逞しい心強さでもなく、そうした商品特性すら意識させないくらい主張のない気持ち良さなのだ。

とにかく、着ていることのストレスがゼロ。着ていることで肌が喜ぶといっては大袈裟だが、過剰ではない気持ち良さは、他にも多くのインナーがひしめいている引き出しの中で、毎朝つい手が伸びるほどの魅力になった。

沼落ち後の止まらない暴走

こうしてインナー買い足し目的で通っているうちに、禁断であったアウター類にも自ずと目がいくようになり、とうとう手ぶらでは帰れなくなった。

「オーガニックコットン混ストレッチ裏毛プルオーバー」、これもまたどうってことない見た目なのだが、着た途端にその魅力に抗えなくなった。ぱっと見はあまりに地味過ぎる「ザ・トレーナー」。しかし、袖口や裾の処理、着たときに実感するくたくたさ加減と肌あたりの良さで一気にヘビロテ入り。

試着せずに買った「ストレッチ起毛イージーテーパードパンツ」は翌日色違いを買いに行ったほどの強者。こちらも一見するとまったくもって無難を絵に描いたようなパンツなのだが、生地のテクスチャーがきちんと感を醸し出しており、家でも外でも活躍してくれた。

途中、「綿三重ガーゼ掛ふとんカバー」なども衝動買いしながら(これは肌触りはもちろんのこと、あの憎むべきカバーの掛け替えストレスを体感1/10にしてくれた優れもの)、先シーズンの最後に買ったのが「首のチクチクをおさえた洗えるワイドリブ編みタートルネック」。

セーターにおける「チクチク」問題、過去にも多くのメーカーから「チクチクしない」をうたったものが出され、いくつかにチャレンジしたものの、常に期待を裏切られ続けていた。特にタートルは暖かさが捨て難いのだが、チクチクの前には諦めざるを得なかった。しかし、その問題に真っ向から取り組んでくれたのがこちらのセーターである。なんと首回り部分が綿で構成されているのだ。見た目は素材違いであることがまったくわからない。しかし、着た途端にその圧倒的な魅力を理解する。早速、またもやその週のうちにデザイン違いやメンズものなどを買い足しに脚を運んだ。息子もチクチクが苦手で、その先入観からこれまでは一切のニット類を拒んでいたのが、この冬はもっぱらこのシリーズを着回していた。

揺るぎない自信が普通を極上にする

どれもこれも見た目は普通過ぎるほど普通。いや、鼻につくほど普通、と言ってもいいかもしれない。普通過ぎてどこにでもありそうなのに、ひと目でわかる無印良品っぽさ。その漂うブランドの個性が苦手だったのに、あっさりと宗旨替えしてしまった。

この冬、あったかインナーから始まり、さまざまなアイテムを着倒してはっきりわかった。

着心地の良さをマシュマロなんとか等の修飾語でごまかさず、ど直球で表現する自信を支えているのは、着る人を100%尊重してつくられた数々のアイテムだ。着ていることのストレスを徹底的に排除し、出しゃばりすぎない心地良さでその存在感を消しているのに、だからこそブランドの「らしさ」が際立つ。そして、着る人にとってはブランドありきではなく、服そのものが唯一無二の存在になることでブランドの価値が追従する。

服のことではなく、着る人のことをとことん真面目に、真摯に考えること。それは本来、服のみならず、商品としては当たり前のことであり、「何を今さら」という普通のこと。それを特別なことにしてはいけないはずだ。

気持ちの良い毎日こそ、本当は普通のことなのだ。

沼落ちからの学び

  • 日常に存在する既存の不満を徹底的に解消すると大きな価値になる
  • ストレスのない「すごくいい普通」を実現した商品は生活必需品になる
  • 企業都合の無理矢理感ある新製品より定番の進化がブランドの背骨をつくる

ツノダ フミコ (つのだ ふみこ)

株式会社ウエーブプラネット代表 生活者調査・研究からのインサイト導出、コンセプト開発を多数ナビゲーション支援。チームのインサイト・ナレッジをデザインする協調設計技法Concept pyramidⓇの適用やインタビュー手法の研修なども手掛ける。生活者と言葉に丁寧に向き合う手法で暮らしの未来創造プロジェクトを手がけている。