2013.06.07 執筆コラム “暮らし”の展望 2030年のHAPPYを漢字一文字で表すと・・・

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2013年5号掲載

近くて遠い未来、2030年の暮らしのひとコマを描いてみよう、というワークショップ「みんなで描こう 未来VISION 2030」を都内で行なった。17社40名の各社マーケティング担当者参加による3時間という限られた時間の中、ゲスト参加の学生3名を含め、多種多様な年代と経験を持った人たちのさまざまな知見や想いが活発に飛び交った。

無理をしてもHAPPYを描く

ワークショップは、いわゆるマクロトレンドデータからの未来予測ではなく、人口や世帯類型等の予測されている未来を前提としつつも「2030年、どのような暮らしをしていたいか」「どのような生活ができる社会を望ましいと思うか」など、「こうなったらHAPPYだよね」という生活シーンを起点とした「未来を描く」ことにウエイトを置いたセッションである。

わたしたちはただ単に未来の到来を待つ立場にあるのではなく、自らの仕事や生活を通して未来をつくっていける立場にあることを意識したものである。誰だってHAPPYになりたいと思い、今よりもHAPPY になるために日々を営んでいる。そして、HAPPYの形も手段も無限にあるはずだ。それらを表してみよう、という試みである。

密度の高い3 時間のグループワーク

ワークショップは以下のステップで進められた。

  1. ICT動向のシェア
  2. 自己紹介(17 年後の自分の暮らしイメージ)
  3. (発散)ワールドカフェ1ラウンド目
  4. (発散)ワールドカフェ2ラウンド目
  5. (共有)ポスターセッション
  6. (抽出)エッセンスの紙芝居化
  7. (総括)紙芝居発表

セッションのウォーミングアップでは、17年後の2030年の自分の年齢と、そのときの自分の生活イメージを漢字一文字に表すと何になるか、を桜の花型のカードに記入したうえで自己紹介を行った。

その後、11のグループごとに、想定した主人公の17 年後を描いていった。2013年に生まれた現在0歳の赤ちゃんから、2030年には81歳になる64歳のプレシニアまで、11人の男女の17年後の暮らし。参加者はいずれもマーケティングの担当者であるため、日頃から世代ごとの価値観や行動特性など基本的な情報は頭の中に入っている。各自頭の中の引き出しからあれこれ取り出しながら、主人公たちの具体的な意識や感情、行動といったディテールに落とし込んでいき、17年後のHAPPY な生活を描いていった。 途中、メンバー交代を行いながらフリップチャートに描かれたペルソナシートを完成させ、ポスターセッションを交えた後に、最後はグループごとにペルソナシートからのエッセンスを4枚の紙芝居にまとめて発表。最後の4枚目はその主人公の2030年の暮らしを象徴する漢字一文字で締めくくる発表とした。

この漢字一文字に込められた意味、その文字が表現する世界観を俯瞰していくことが未来を見つめるときの手掛かりになるのではないか、と考える。なにしろ、あっという間に変わる世の中である。ペルソナに描かれた具体的なディテールの確度は問題ではない。目に見えるものを積み重ねた末に浮かび上がってくるもの、滲み出てくるもの、それを表現した漢字一文字にこそ2030年を視ることができるのではないか。ここでは、11グループの中でも特に印象的だった2030年の暮らしを簡単に紹介しよう。

2030年のHAPPY 例-1
独身男性でも子育て出来る社会

現在29歳、2030年に46歳になる男性。仕事は「ロボットレンタル業」。在宅介護用のパワースーツや家事ロボットなどのレンタルビジネスを自営。独身ではあるが、子育てを満喫中。彼自身も家事ロボットと育児ロボットのおかげで日常の負担を軽減することができ、生活が回っている。生活の中に根付いているロボットの役割は「負担解消」。

しかし、楽なことばかりを追求するのではなく、厳しいトレーニングやセルフメディケーションなど、確かな手応えを自らの肉体に課す生活を送っている。彼の2030年の暮らしを表す文字は「育」。いくら育児ロボットがいても子育てではいくらでも困難な壁にぶつかるが、それを超えることで自分も成長できる生活が描かれた。と同時に、シングルでも子どもを持つことができる社会となり子どもは増えていく、とされていた。

2030年のHAPPY 例-2
動き回れるから地元に根を張れる生活

2030年に34歳の男性。長野に畑付き古民家の居を構え、自分は東京の、妻は大阪の会社にそれぞれリニア中央新幹線にて月1 回程度出勤する。移動手段の発達により転勤の必要がなく、地域で顔の見える付き合いが生まれる。地元の人間として周りの人たちと一緒に作る野菜はもちろん、技術の発達により長野県産の海の幸にも恵まれる生活。本人たちは都市と地方とを行き来して働いているものの、ここでのHAPPYは地方にしっかりと根ざした生活を送っている点。彼の一文字は「根」。

「求める」ことも能力のひとつ

同じ属性でもう1グループ。こちらの生活にも畑仕事が登場するが、IT系の在宅勤務の独身。彼は趣味であれ仕事であれ恋愛であれ、自分が追い求め続けられる生活そのものをHAPPYと考えている。それを可能とする社会環境は、超フラット社会で、何度でもチャレンジができる社会。あえて完結していない・終わりをつくらなくても許される社会。彼の一文字である「求」の文字に、いつまでも人の成長や活動の広がりを受容し支援する懐の深い社会が表現されていた。

他にも「密」「律」「場」「自」「響」「笑」「脱」「連」などの文字が、それぞれのHAPPYな要素とストーリーとともに発表された。11のグループはそれぞれ異なる漢字を選択したが、描かれている中で共通して語られたのが「縦のコミュニケーション」である。既に現在においてもSNS 等を通じて、同世代だけではないつながりが拡がっているが、ここではリアルな生活における縦、すなわち異世代間交流が主人公の年代に関わらず登場していた。

それぞれのHAPPY を応援できる企業力

参加者からは「暗い未来を考えがちだが、HAPPYを描くという縛りが良かった。個人にとってのしあわせを応援できる企業が生き残れると思う」「初めて会う人たちとの発想の場を経験して、日頃の自分がいかに制限をかけて考えていたかがわかった。たくさんの刺激をもらえた」「未来の24時間は今の24時間よりも長くなると思った」「未来を想う気持ちがパワーになると感じた」「異業種とのワークショップだからこそ新しい視点が生まれた」といった感想が寄せられた。

メインテーマである2030年の未来を描くという目的の一方で、日頃とは異なる環境、異なる顔ぶれで生活を考えることの重要性や有用性についても改めて考えた機会となり、非常に密度の高い3時間となった。避けようのない未来は確かにある。しかし、一方で意志と発想とで創っていける未来もある。その想いを参加者各自が持ち帰り、翌日からのマーケティング活動がほんの少しでも変わっていくことを積み重ねていったら…。果たして17年後、年末の風物詩となっている清水寺の舞台では何が「今年の漢字」として書かれるだろう。