2009.01.01 執筆コラム わが道を行く“新語族”

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2009年1号掲載

金融危機に瑞を発した世界的な暗雲に覆われた感がある08年の終わり。モノやサービスを売る立場にしてみれば非常に厳しい環境ではあるが、それを嘆いていても始まらない。どんな世の中になっても、ヒトは衣食住を確保し、より魅力的な「快・喜・安・楽」に向かって動く。ことに女性はいつの時代もどの世代も俊敏に反応し、消費に時代と自分を映し出す。以下に価値探しのひとつがガイドとして、世代と性別の視点で08年に話題になった女性コンシューマーを振り返ってみよう。

プチプラで手堅く楽しむ真面目なアラサー

(around30。ファッション業界から生まれた、かつてのコギャル世代を指す言葉。およそ76年~80年生まれくらいだが、四捨五入30歳を指す場合も多い。25-34歳の男女で約1,716万人)アラサーたちの消費は現実的に、しかし楽しむことを忘れない術に長けている。上の世代であるアラフォーよりも人生の選択肢は多くあるはずなのに、価値観形成期が彼女たちをリアリストに仕立てている。

プチプラ(プチプライス=お手軽価格)アイテムを上手に組み合わせながら、カジュアルでカッコイイ女を目指す。日々の生活では「他者と繋がれる(というこだわり)」と「やさしさ(ヒトに、環境に、カラダに、財布に、すべてやさしいこと)」を重視している。

一時低迷感があった安室奈美恵や梨花らの見事な復活、H&Mやユニクロの隆盛はアラサーそのものを表している。つまり、それは今という時代そのものを体現している世代でもあるのだ。

「可能性消費」は衰えないアラフォー

アラサーから派生して生まれた言葉。天海祐希主演のテレビドラマにて08年の流行語にもなった「アラフォー」(around40。男女約1,765万人)。この世代は常にトレンドの主役を自分たちに引き寄せる力ワザに長けている。

アラフォー女性に熱烈的に支持された映画「SEX and the CITY」に描かれていたように、40歳前後の女性は、「仕事も恋も結婚も離婚も出産も子育ても、人生の何もかもがまだ選択可能な範疇にある世代である。つまりそれだけ夢も希望も悩みも不安も多い。何かを捨てたり諦めたりするにはまだ若く、むしろもっともっと「まだ手にしていない自分の可能性」を増やしたい。

「これから先の(オンナとしての)可能性」にはお財布を開くことを厭わない。どんなに厳しい環境になろうとも、こうしたアラフォーの消費性向は簡単に変わらない。むしろ「可能性=自分磨き、オンナ磨き」に対する必死度は年齢とともにますます上がる。ケの部分の消費を最小限に抑えてでも、自分の可能性に賭ける「可愛らしさ(幼さ)」があるのだ。

「いい女MAX」なアラフィー

アラフォーの上、50歳前後(男女約1,579万人)。07から08年にかけて、堂々と「50代向け」と大書きされた化粧品ブランドが次々と誕生し、大地真央や余貴美子、カリスマヘアーメイクアーチストの藤原美智子、輸入ランジェリーショップの有名オーナー龍多美子など、女性誌おなじみのいい女たちの結婚が続き、現役のいい女っぷりが話題になった。同時に彼女たちに向けた女性誌も相次いで創刊。なにしろかつてのアンノン族であり、DCブランドファッションの申し子たちである。出版各社がここに魚群ありと思ったのは無理もない。しかし、50代=子育て終了=自分の時間もお金もある=40代より高質・上質当たり前、との思い込みで安易な船出をするのは早計である。

なにしろベテラン生活者だ。ものを見る目は持っているが、それは同時に生活経験に裏打ちされたシビアさも身につけていると言うことだ。ラグジュアリーブランドのオンパレードを見せられても、美容院で一冊見ればおなかいっぱい。いくら50代だからといっても、経済的にも、それらを身に付ける生活機会も実際には限られている。

そのような中、08年3月創刊『HERS』(光文社)が、この冬、大きく方向転換した。創刊時の上流感から『VERY』『STORY』路線の延長線上にある等身大の50代をに舵を切った。価格も950円から「大人のカジュアル価格」と表する820円へ。従来の哲学的・ハイソ系の見出しから、「新しい50代」「カッコいい50代」と、非常にわかりやすくなった。『JJ』の産声とともに女子大生になった世代の女性たちが読者像であることを考えると、地味ラグジュアリーよりはカジュアルエレガンス。『eclat』(集英社)も、お茶の間になじみの薄いお上品モデルから、『STORY』からお引っ越しのチコさんこと黒田知永子を表紙に据えて再出発したことを考えると、「いい女」の仕上げに入った自分消費欲は旺盛ながら、手が届く範囲内でなければ今どきのアラフィーの気持ちに応えられないことを教えてくれた。

団塊文脈とは異なるアラカン文脈

「アラカン」ことaround還暦(男女約1,891万人)。あちこちで不発を嘆く声が聞かれる企業の団塊マーケット戦略であるが、やたら四角い漢字で固めに表現される同世代も、アラカンとして読むと、異なる側面や表情が見えてきそうである。彼ら・彼女たちもまた、定年や還暦を迎えたからといっていきなりシニアっぽくなるわけではなく、むしろ少年少女度こそが増す。いや、ミーハー度やキャピキャピ度が増す、と表現する方が適切なほどアクティブで流行物好きである。

ここでも当然ながら女性主導である。JR東日本はキャンペーンの顔として吉永小百合を起用している。多くが彼女一人旅を思わせるシーンで「大人になったらしたいこと」をあれこれ見せてくれる。アラカンになって初めて大人時間を実感できるのだ。

さらに、息子・娘たちの婚活に躍起になるアラカンの母親たちが08年はたびたび話題になったが、彼女たちにとっては息子・娘たちの結婚以上に、自分に孫がいるかいないか、が大問題である。正しい大人たるもの、孫は必須アイテムでもあるのだ。

もっとも楽しんでばかりいるわけでもない。介護問題という現実が目の前にある。足下の自分たちの親、そしてやがて訪れる自分自身の問題。『おひとりさまの老後』(上野千鶴子著)は未既婚に関係なく、女性の方が長生きする現実を一緒に考える書としてベストセラーになった。

それでも消費しない日はないからこそ…

09年、消費の冷え込みは回避しがたいが、それでも消費そのものがなくなるわけではない。どうでもいいものが、より選ばれにくくなるに過ぎない。まさにマーケティングの本質が問われてくる。どれだけお客様と真摯に向き合えるか。どれだけお客さまのよろこびを描けるか。手にしていただける夢を丁寧につくれるか。企業側の勝手な顧客イメージではうまくいかない。かつてバブルがはじけた際に、地道なコンシューマー研究を続けた企業か否かの答えをわたくしたちは現在目の当たりにしている。09年をしぶとく生き抜く一番の決め手は、片手でこれまでの思い込みの生活通念を手放し、手放したその手でお客さまをしっかりつかみ、愚直なまでに想いを形にしていくことに他ならない。