2012.07.25 執筆コラム challenge 佐賀、Avant-grade Country Side(挑戦する田舎)

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2012年6号掲載

プロモーションビデオの挑戦

佐賀県、と聞いてあなたは何を思い描くだろうか。九州の中でも比較的地味な県であるとか、すぐに思い浮かぶシンボルがないとか、マイナー感漂う県イメージを自虐ネタとして逆手に取ったお笑い芸人のこととか、そのようなイメージを持つ人も少なくないかもしれない。 しかし現在、その佐賀県が話題になっているのをご存じだろうか。「佐賀県のプロモーションビデオ(PV)がスゴイ!」「佐賀県の職員募集ホームページはマジなのか!?」等々、佐賀県そのものの仕事が「らしくない」と注目されている。

佐賀県に限らず、とかく行政の仕事にはお堅い印象がつきまとうものだが、一般の民間企業と比較しても十二分に弾けて見える、今の佐賀県の斬新すぎる「お役所仕事」がいかに生まれたのか、その誕生プロセスを見てみたい。

まずは佐賀県のPV「THREE MINUTE TRIP TO SAGA」。動画映像による本編3分22秒、静止画と文字による情報提供メモ編3分08秒の合計6分30秒のものである。自治体の広報映像という枠を軽々と超え、作品としての美しさ、完成度の高さをもって見る者を惹き込む。ナレーションは一切なく、佐賀県の観光、産業、お祭り、グルメ、そして県民の笑顔のおびただしいカットが、凄まじいほどのスピードで伝統音楽を感じさせるロックとともに駆け抜けていく。

本編にはそれぞれの映像についての解説が見事なほどないため、わからない人にはそれが何であるのか全くわからない。決して親切なPVではない。ある意味、お役所仕事の風上にも置けないPVである。しかし、見ているうちに「なんだか面白そう」「ここ、楽しそう」「これ美味しそう、食べたい」「きれいだな、行ってみたい」と本能が騒ぎだす。

実はこの「観たまま・観るだけ」で惹き込まれる仕掛けこそがこのPVの狙いである。それは佐賀県が現在置かれている状況から生まれた必然だった。海外、とりわけお向かいのアジアを強く意識せざるをえない状況にあるからだ。

競合である他県他国への挑戦

佐賀県を含む九州北部三県(ほかに福岡県、長崎県)及び山口県と韓国南岸一市三道との間では1992年から年一回、日韓海峡知事会議が開催されているが、近年はそれぞれの県が海外、とりわけアジアに向けて積極的な展開を図っている。

佐賀県では有明佐賀空港に中国最大のLCCである春秋航空の上海便を今年1月より誘致。また、県内事業者の中国進出をサポートするための上海デスクをはじめ、香港オフィスや日本の都道府県で佐賀県が初となった中国・瀋陽でのオフィス開設など、昨年度から海外戦略を本格化させている。

このような中、知事をはじめ交渉の最前線では「誰が見てもパッと佐賀のことがわかる」ツール類が必要になっていた。例えば、海外の自治体からはしっかりと作り込まれたPVを受け取る機会があったのに対し、佐賀県のツールはこの10年間、新たに作成しておらず、また、今現在の佐賀の魅力を十分に伝えられるようなツールであるとは言い難かった。

国内外の競合に勝つために、佐賀県の今と未来の魅力を訴求するツールが必要になった、しかもできるだけ早く。しかし、クリアしなければならない課題もあった。

紹介したいコンテンツ要素は多岐に渡っているが、予算と時間には限りがある。自治体のプロモーションも、最近は各県がそれぞれ趣向を凝らしたプロモーション活動を展開している。他県を追随しても仕方ない。では、どう攻めていくか。

クリエイティブワークの挑戦

そのような中、佐賀県は「自虐に入らずに、佐賀県の魅力で真っ向勝負したい」「嘘でなく、ありのままの佐賀県をいかによく見せるか、いかにわかりやすく伝えるか」という方針を打ち立て、制作がスタートした。

知事の「現場に任せる。クリエイティブに対して素人は口出ししない」というスタンスが、佐賀県出身のクリエイティブ集団がこの後、驚異的な集中力と速度で佐賀県の魅力を形にしていくのに大きく寄与した。クリエイディブディレクターの倉成英俊氏、アートディレクターのカンナアキコ氏、音楽の向井秀徳氏、モーショングラフィックスの小島淳二氏…彼らの「佐賀のために楽しいこと、面白いことをやってみたい」という郷土愛が結集して、このPVは生まれた。コンセプトは「Avant-garde Country Side / 挑戦する田舎」。

映像は基本的に新たに撮り下ろしたものが中心であるが、季節性の強いイベント等、時期的な問題で撮影ができないものについては既存の映像素材を使用した。

ロック調ではあるが伝統的な曲調をモチーフとした音楽をバックに、佐賀県固有の観光資源が展開される。広々とした佐賀平野が生み出す自然の美しさ、最高級の佐賀牛からシシリアンライスをはじめとするご当地グルメ、大空を色鮮やかに彩る壮大な熱気球の大会や、老若男女が笑顔で泥だらけになる有明海でのガタリンピック、有田焼に代表される伝統工芸、吉野ヶ里遺跡…と、語弊はあるが「佐賀県」以上に全国区レベルの知名度を持つ個々の観光資源の魅力がぎっしりと詰まっている。

完成した映像は5言語(日本語版、英語版、ハングル版 、中文・簡体字版、中文・繁體字版)で展開され、プロモーション・ツールとして配布されたが、このDVDのジャケットがまたお役所仕事の常識破りともいえるアートワークである(ただし、老眼にはかなり厳しい)。

未来に対する危機感への挑戦

コンセプトの通り、随所に「挑戦」がみなぎっているが、ここまで大胆な成果が生まれた背景には行政トップである知事の判断力と決断力を無視することはできない。

民間企業同様、強力なトップダウンには光と影の両側面があるものの、この事業においては明らかに吉と出ている、と言える。無難を旨とするお役所においてこれだけのプロモーションが展開できたのは、それを許す環境があってこそ。知事にとっても大きな賭であったはずだ。

県内の観光資源をいかに魅力的に伝えるか。どれをも平等に扱うのではなく、「伝わらないと意味がない」という潔さをもって、佐賀県出身のクリエイターらの熱意と、彼らの視線と感性に委ねることはなかなかできることではない。

「年代を問わず時代を切り開く人がターゲットである」との知事の姿勢は、誰に対してもそこそこいいものを提供しようとすると、結局は無駄の温床になりやすい、という行財政改革の姿勢にも繋がるものであろう。

佐賀県のこうした取り組みは県外に向けたプロモーションだけにとどまらない。ともに働く仲間を募る場面においても同様である。

佐賀県職員募集の挑戦

実は佐賀県職員募集のホームページは知る人ぞ知る「規格外」のものである。あしたのジョーか巨人の星かと思えるほどの熱過ぎる劇画調で、ずばり「汗と涙の熱血魂!!」「熱き人事担当からのアドバイス」などの文字と炎のイラストが躍っている。

よくよく読めば募集要項の詳細そのものは一般的なものであるが、佐賀県が求めている人材像は伝わってくる。その想いは紙媒体による通常仕様の(すなわち非常にまじめな顔つきをした)採用試験案内にも表現されている。「新しい時代の地方自治を担っていく優秀な人材を求めています」として、「志と情熱」「生活者起点」「達成志向」「率先行動」というワードが並ぶ。まるで新進企業の営業マン募集のようだ。同時に、公務員試験対策を必要としない行政特別枠での採用試験も行い、民間志望者や民間からの転職組をも取り込んでいる。今や高校生のなりたい職業ナンバー1の公務員であるが、ここでは安定よりも挑戦に価値を見出す人が重視されるようだ。

これらの職員採用についても知事の熱い想いが込められているとのことで、佐賀県の攻めの姿勢が随所に感じられる。次代への生き残りを賭けているのは企業ばかりではない。地方自治体においても生活者視点、価値創造と育成に真剣に取り組まざるを得ない環境にあることを佐賀県はその取り組みの中で表現している。

取材協力

久保 緑 氏(佐賀県 統括本部 危機管理・広報課 広報担当係長)
植松 剛 氏(佐賀県 人事委員会事務局 任用担当 係長)