2005.05.01 執筆コラム 「おひとりさま」シニアに忍び寄る憂鬱

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2005年5号掲載

昨年夏に弊社が調査した「シニア女性の食と生活実態調査」において、50名のシニア女性(55歳~69歳)のうち7名が単身、またはシングル(未亡人単身世帯4名、未婚単身1名、未婚パラサイト1名、10年以上の別居1名)であった。今まであまり語られてこなかった彼女たちの生活について、調査結果(食卓写真、日記、インタビュー)を紹介しながら、これからのシングルシニア女性の将来を考えてみたい。

ひとり暮らし歴が35年以上の57歳のシングルシニア。素材を厳選し、時には産地からお取り寄せしながら、手をかけて出汁をとり、一汁一菜的な慎ましさでありながらも、ご馳走に伺いたくなるようなメニューが並ぶ。ただし、それらが小さなデコラ張りのちゃぶ台に載っているさまだけが「ひとり」を映している。いつまでも若いつもりでいたら、この年になっていた。結婚したくてお見合いもしているが、なかなかいい人がいない、という発言内容はこのまま30代向け女性誌に載っていてもおかしくないものであった。

55歳のパラサイト・シングル、片付けものをしていて遅くなったランチ(18時)はチーズトースト、ヨーグルト、コーヒーが並んでいる。「親が旅行に出掛けたので、ひとりでのんびり過ごしたお正月だったが、たまにはいいかな、と思った」とのメモが添えられた元旦のものだった。実母と同居する彼女は、何よりも実母の喪失を怖れている。

40代後半に好きな人と暮らすために家を出た60歳は、夫との別居と同時に生まれて初めて働くようになった。健康と美容のために添加物を気にして、パン焼き器でいろいろなパンを焼く一方、玄米も欠かさず食べている。

夫の他界によってシングルシニアになった女性たちもさまざまである。結婚当初から夫の好みに合わせて作ってきた「酒の肴」というメニュー傾向が一向に変わらない56歳は、外で食べるくらいなら自分で作る方が美味しい、とビールとともに築地で買ってきた魚を自分でさばいて食べる。今はボランティアやネットでの株売買などで忙しい毎日だ。子供がいないので、自分の健康管理が一番の課題である。

夫を失って以来、日々後悔のないように生きることがモットーとなった60歳は、ひとり分の天ぷらも当然のごとく揚げ、味をしみこませる大根の煮物は朝のうちから支度をしておき、晩に食べる。習慣になっていることは苦にならない、という。いずれは娘夫婦と同居するために建て替えた3階建ての住まいに今はひとりで住んでいる。

喪失感から立ち直れていない57歳は、自分ひとり分の料理には手をかける気になれず、朝・昼・晩と同じメニューが食卓に並ぶ。異なるのは、タッパーに入ったままのご飯と鰺の開きの身が少しずつ減っていっている点。まるで間違い探しのような時の止まった3枚の写真だった。

少子化の要因のひとつでもある晩婚化・非婚化はますます進んでいる。現状ですら65歳以上の高齢単身世帯は303万世帯、しかも男女別では女性が男性の約3倍(平成12年国勢調査結果)となっているが、この傾向がより顕著になっていくことは想像に難くない。

現在の30代、40代のシングル女性ならば「おひとりさま消費」などと言われ、明るく華やかなイメージでその生活が描かれ(時としてリスクマネジメントとしての金融商品も含まれ)、その消費活力には団塊シニアに負けず劣らずの期待がかかっている。しかし、10年後、20年後のシングルシニア女性の「おひとりさま消費」のありようは未だ積極的に描かれてはいない。

シニア、というと「長年連れ添った配偶者ともう一度向き合う生活」を前提として描かれることがまだまだ主流である。だが、もはや標準世帯の概念そのものが失われているのである。今後より一層比率が高まっていくシングルシニアに向けて、新しいパートナー(配偶者であろうとなかろうと)との生活提案がメジャーになってもおかしくない。

この調査を一緒に担当した弊社30代独身女性たちは調査終了後、一様に神妙な顔をして「やっぱりひとりってつらいですね…」と言った。その「つらさ」は「おひとりさま消費」では埋められそうにない寂しさでもある。10年後、20年後にはシニア対象の「おひとりさま消費」を「束ねる場や機会」が商品やサービスの主役になる時代がくるだろう。