2015.07.27 執筆コラム これまでのモノサシでは測れない 進化系男性というお客さま

執筆コラム

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2015年5号掲載

今号では、さまざまな事象から今どきの20~30代を中心とした男性の進化のカタチをみているが、本稿では彼らに商品やサービスを提供していく企業の立場から彼らとどのように向き合い、どのような価値を提供していけば良いのかを考えてみよう。

これはもはや経済成長を揺るがす問題!?

イクメンにカジダン、洗濯王子やスイーツ男子、美肌男子など、最近の男子・男性に関わる呼称の多くは、一見すると、彼らが「女子化・女性化」している側面だけを表現しているように見える。確かにそうした側面もあるが、真意はそこにとどまらない。家事力や美肌力に長けた男性が増えてきましたね、では男性向けの家事を考えたり、男性向けコスメを充実させましょう、という単純な問題ではない。大袈裟に言えばこの国の経済成長に関わる問題(!?)ともいえるのだ。

昨年の特集「専業主婦2.0」では、専業主婦か有職主婦かに限らず、家庭に軸足を置き、自己実現の場として家庭を尊重する人たち、即ち、広義には未婚者や男性も含まれる、マインドとしての属性であることのことを示した。そして、こうした背伸びをせずに賢く手堅く身近なしあわせを大切に慈しむ価値観層が今後増えていくであろうことを考えると、それはある意味アベノミクス最大の敵かもしれませんね、と位置付けた。今回の進化系男性についても、一歩引いて俯瞰すれば同様であることがわかるだろう。

男性においても、自分たちの日々の暮らしの質を良くしたい、心地良くHAPPYに暮らしたいという願いが生活の原点であり、その充実を図る傾向が若い世代ほど強くある。背伸びをするために無理な消費をすることは「意味わかんない」し、その必要性も感じていない。それらはまったく自分たちのHAPPYにつながらないのだ。

自分の学びやスキルアップに投資はしても(それすら慎重にコスパを考える)、それは将来の自分のHAPPYに必要だと感じるからだ。その先に晴れ間があるのかないのか見通せないほど不安の雲に覆われていることが日常であっても、それはそれなりに過ごしやすい面もあり、彼らに彼らなりにそこでの生きる術を磨いてきたのだ。

これまでのモノサシは使えない

今さら言うまでもなく、いまや人々の暮らしはまったく新しい局面を迎えて久しい。しかしながら、その新しい暮らしに社会そのものがまったく寄り添えていない。右肩上がりの時代に整えられたさまざまな仕組みの数々――社会保障制度、終身雇用制度や企業の福利厚生制度、等々――の運用が非常に難しくなり、軋みをあげているのが現在である。

このようなことは随分前から指摘されてきたことではあるが、根本的な解決には至っていない。さまざまな制度を運用する側にいるエラい人たちにとっては、おそらく都合が良く心地良い制度であるからに違いない。

しかし、各種制度設計の前提となっていた婚姻や世帯構成も、今では様変わりだ。生涯未婚率も男性2割、女性1割の時代である。会社員の平均年収だって厳しさを抱えたままである。

心地良さのためのスキル

家族も大切にしながら、周りの人たちと波風立てずに、楽しく穏やかに笑顔が絶えない暮らしをしたい。会社での出世よりも、そうした生活を築きたいと思う男性たち。そのための生きるスキルがともすれば女性化として見られてしまう面はあるものの、それらが決して表層的なものではない点は肝に銘じていただきたい。さて、それではいくつかのスキルや社会環境適応能力について見ていこう。

気配り力

目の前にいる人たちに対してはもちろん、いない人たちのことにも気を配り、忘れていないこと、ちゃんと気にしていることを常に伝えることに心を砕く。自分の立場を客観的に把握し、出過ぎていないか目立ち過ぎていないか、常にチェックを怠らない。しかし、実はこうした空気を読み風を読む能力は昔からできる男の必須条件でもある。太閤殿下だって、最高の気配り力の持ち主であったではないか。その力を天下を治めるために使うか、同調のために使うか、日々のHAPPYのために使うか、その違いはあるものの傍若無人な男性よりは一緒にいて迷惑にならない相手であろう。

コミュニケーション力

お喋り好きは女性の専売特許と思われがちだが、他愛のないお喋りから熱い想いの語りまで、お喋り上手な男性が増えている。SNSでもこまめな発信を心掛け、いいね!やRT(リツイート)も欠かさず、シニカルな表現やネガな内容は上手に避け、他者を傷つけない術に秀でている。匿名の場合はこの限りではないものの、安心して付き合えるために相当な努力をしていることは伝わってくる。そこまでしても自分を守りたい・傷つきたくないという思いが強いのだ。

プレゼン力

何しろ第一印象における見た目9割の時代である。自分自身のビジュアル・プレゼンテーションには細心の注意を払う。相手に対して不快さを決して与えないようにするのはもちろんではあるが、それが自分自身の自信や安心に繋がるからこそ見た目の清潔感や身ぎれいさにこだわるのだ。おしゃれのため、という言葉を用いてしまうと、その点がやや曖昧になりがちなので注意したい。見た目を整えることの中でもスキンケア行動においては「自分が心地よいから」という動機の大きさは無視できないだろう。スキンケアやファッション、そしてインテリアも含めて、自分の気持ちを満たすためにも見た目に対してこだわっているのだ。

これからの商品、サービスが提供していくべきもの

それでは、わたしたちは彼らに対してどのような価値を提供していけば良いのだろうか。ひとつの参考例として、かつて男性領域とされたところへ女性が進出した際の事象が良くも悪くも参考事例になるだろう。

ユニセックス

たとえば、女性向けの軽自動車が出始めたときは、いまでいうところの「ださピンク」路線が著しかった。同様の取組が一時期の男性向けのスイーツ類や、男臭さ全開のメンズコスメの類いである。いずれも過剰なほどに女性向け男性向けを意識した商品であるが、本質部分以外の価値は飽きられるのも早い。そうした点ではあまり男性向けを意識しない方が得策な場合もある。そもそもこうしたときに用いられる「男性向け」という言葉自体が、旧来型の男らしさに基づくものなのだから。

各種コミュニケーションにおいても、男女が同時に登場するようなものがもっと増えてもいいのではないか。ファミリーユースの商品では男女同時露出も多く見られるが、今後はパーソナルユースの商品においてもそのような展開が有効に働いていくだろう。

心地良さのサポート

気配りをすれば疲れるのは、それが常態化した進化系男性にとっても同じである。寝ている時間以外は常に気配りとコミュニケーションに心を砕いているのだ。日常の中の癒やしや和み、緊張緩和やリラックスサポートのシンプル化やユニセックス展開はもっと進むべきだろう。既にお茶をはじめとする飲料の分野にはこうしたカテゴリーが確立されているが、その他のあらゆる場面でちょっとした和みを提供していく視点が必要だ。

ひと目にかなう清潔感

これは絶対に外してはならない要素である。どんなに他の要素や機能が優れていても、清潔感が損なわれてしまったらすべてが水泡に帰す。

清潔感と先述の自分自身への自信や安心とは切っても切り離せない関係にあるため、清潔感を他者目線で、つまり客観的に判断できる機能や要素はこれからますますニーズが高まるだろう。

高いデザイン力

これまでのキーワードすべてを表現するものの大きな要素がデザイン力である。その佇まいひとつで進化系男性の味方であることを表現できれば最強であるが、実際には企業カラーや店頭環境などの影響も含めてのデザインになる。

無印良品はあらゆる点で進化系男性に受容されるデザイン要素を体現しているもののひとつであるが、独自の世界観を専売的店頭で染め上げることができるからこその強みであるため、同様の商品デザインをもってしても、売り場によっては難しいだろう。

企業姿勢としてのやさしさ

ここでいう「やさしさ」にはさまざまなものが含まれる。多少の明るさが見えてきたと言われても、まだまだ先行きの不透明感は拭えない。だからこそ日々の中ではどんなことでも安心したい。不安に思いたくない。ドキドキわくわくは大好きではあるけれど、それはバンジージャンプにおけるゴムロープ的存在があるからこそ。「安心感」は欠かせない。

また、ちょっとしたミスも許さないような息苦しい社会にあって、仮に何かバツがつくようなことがあってもそのリカバリーの姿勢に「誠実さ」が感じられないと愛想をつかされる。それは「正義」や「正しさ」という要素にも繋がっている。

そして、人に、お財布に、環境に、地球に対する「やさしさ」。人に対するやさしさはユニバーサルデザイン的なことももちろんではあるが、一番は「お客さまを馬鹿にしない」ということだろう。進化系男性をキワモノ扱い、マイノリティ扱いせず(潜在的にはマジョリティになりつつあるのだから)、しかし進化の途中にある彼らに対して知識と経験をふんだんに提供する姿勢。優しくわかりやすくナビゲートしていく姿勢が支持されるだろう。

女性の進化はどうなるのか

最後に、今後の女性の進化についても考えてみたい。すべての女性が輝く社会を、と笛や太鼓を鳴らされたところで、当の女性たちは冷静である。エラい人たちに言われるまでもなく時間術を身につけ家庭に仕事に邁進する人たちもいれば、「しんどいのは無理です~」とそこそこ・ほどほどの暮らしに自分なりのしあわせを重ねていく人たちもいる。やれカーストだ、マウンティングだとおもしろおかしく揶揄される一方で、誰にも邪魔されないしあわせワールドを持っている女性たちもいる。広い意味でのオタク女子、とでも言おうか。同じ趣味嗜好でつながれる世界を持つ女性は増えていくであろうし、彼女たちは精神的にも拠り所があるので強い。しあわせワールドに対する消費も盛んなので経済活動も活発だ。

そうしたしあわせワールドも含め、サードプレイスの多様化が進み、サードプレイスこそが自己実現のステージになっていく人も増えるだろう。 自分の好きなことにお金と時間を使いたい、という至極真っ当な欲に向き合うには、これまでかけていた古いレンズの眼鏡ではピントが合わないし、手にしている古いモノサシでは測れない。女性に対しても男性に対しても、今一度素直に向き合っていかなければならないのだ。