2013.12.01 執筆コラム 場を収める司祭力
玄人の企みは極上の無駄遣いを神化させる - 「サロン・ド・シマジ」島地勝彦氏-

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2013年11号掲載

新宿の伊勢丹メンズ館といえばお洒落な男性が集まる場所の代名詞的存在だが、その8階の一画に「サロン・ド・シマジ」というセレクトショップがあるのをご存知だろうか。洋服からステーショナリー、小物類やメンズのスキンケア化粧品、そしてシングルモルトやコーヒー豆まで、あるひとつの世界観で編まれた品々が美しい佇まいで自ら輝きながら鎮座しているスペースである。ショップの横にはシングルモルトが楽しめるバーが併設されているが、サンドブラスト加工のガラスドアを開けると、そこがシガーバーでもあることに気付く。百貨店の中にシガーバー。この大胆なバーを発想し、そこでゲストをもてなし、かつ、ショップに並ぶ逸品たちを選び抜いている人こそ、遊びと浪費の玄人・島地勝彦氏である。

いくつもの「玄人」の顔を持つ男

島地氏は本来、編集者としての玄人である。長らく編集長を務めた『週刊プレイボーイ』をはじめ、『PLAYBOY』『Bart』の編集長を歴任し、定年退職後は自らペンを持ち(現在はキーボードで著しているそうだが)、現在はエッセイストの玄人として新聞やWEBでの連載を何本も持つ活躍ぶりである。

そして、同時に「サロン・ド・シマジ」のプロデューサーであり、カウンターの中に立つバーマンでもあるのだ。何が本業であるか、それはもはや質問の体をなさないだろう。どれもが本業であり、どれもが虚業、と島地氏はにやりと笑うかもしれない。島地勝彦こそが本業なのだと言うかもしれない。なぜか。氏の著す文章にも、ショップに並ぶひとつひとつの選ばれし美しきものたちにも、そして一本のシガーにも、一杯のシングルモルト“スパイシーハイボール”にも、すべてに宿っているのは島地氏のこれまでの人生の時間の結晶だからである。

遊びと浪費によって磨かれた審美眼

ここに至るまでに費やされた時間とお金…「遊びと浪費」「無駄遣い」と自らは表現するが、氏の著作を読み、あるいはこのサロンへ足を運んでしばしの時を過ごせば、浪費でもなければ無駄遣いでもないことがすぐに実感できるはずである。

このサロンに並ぶ品々はすべて島地氏本人が自ら惚れ抜き、自腹購入し、使って(着て・飲んで)みて、そのうえで本当に気に入って「殿堂入り」を果たしたものに限られている。島地氏本人のリアル・プライベート・ライフにおいて現在進行中で活躍しているものばかりなのだ。

例えば、毎朝愛用しているというメンズスキンケアの数々のアイテムは、島地氏の色艶輝く顔色を間近で拝見すると、その効果に納得せざるを得ない。

女性のわたしでも思わず買いたくなるほどだが、事実、5アイテムで3万円超えというお値段にも関わらず、セット買いされる方が多いという。

サロンの魅力は世代不問に波及する

ところで、このサロンの顧客層はどのような人たちだと思われるだろうか。かつての黄金期の『週刊プレイボーイ』読者である団塊世代の男性を思い浮かべるかもしれない。あるいはエグゼクティブ感漂うビジネスパーソンたち。または上級カジュアルを着こなす自由業の人々。おそらくどれも正解だ。

属性的には括りにくいが島地氏の美意識に惚れ込み、共感する価値観を持っていることが共通因子だ。

そして、そうした顧客たちは全国各地から「サロン・ド・シマジ」に足を運ぶ。わたしが訪れた日曜日の昼下がりのほんのひとときですら20~50代の各世代の男女が次々と訪れ、狭いバーカウンターはすぐに埋まった。大阪や岡山から通う人もいるという。

エナジーチャージできる場所

「ただいま」と言いながらサロンのガラスドアを開けて入ってきた30代の男性を島地氏は「おかえり」と迎える。カウンターで島地氏の作ったスパイシーハイボールとシガーを味わいながら、「このバーは僕にとってパワースポットなんですよ」と笑った。

初めて訪れた頃は仕事がまったくうまくいかず落ち込むことばかりだった毎日が、その日を境に劇的に好転したという。彼の身なりを見ればその好転具合が嘘ではないのだろう、と思う。確かに、そうなると「ただいま」と通わずにはいられない。

バーに入る前にセレクトショップのスペースにて、熱心に商品を手に取っていた40代の男性は北陸からの遠征。東京出張の際には必ずここに日参するという。グラスを手にしながら静かに、そして心地よさそうに島地氏と他のゲストとの会話に耳を傾けていた。

7、8人並べば一杯になってしまうほどのバーカウンターはあっという間に埋まり、顔なじみ同士だけでなく、初めての人も気後れすることなく島地氏がさりげなく仲を取り持ち、疎外感を味わうことがない。

特別な場所の、特別な仕掛け

ここで出会い、意気投合したゲスト同士で、お互いのことをよく知らないまま一緒に海外旅行を楽しんできた、という20代の男性もいた。彼は日経BPnetでの連載『乗り移り人生相談』を読んだことがここへ来るきっかけだったらしい。このバーのゲストであるという共通点があれば、旅行中も話題には事欠かないようだった。

伊勢丹メンズ館の8階に、このようなシングルモルトとシガーが楽しめるバーがある、ということだけでも特別感があふれているのに、さらに人と人が出会い、繋がる場所であることが「サロン・ド・シマジ」の最強の魅力であると感じた。壁に掛かる今東光大僧正や柴田錬三郎氏、開高健氏らの見事な書や、島地氏の中学生の頃からの愛読書の全集や、横尾忠則氏の絵画、そしてシガーの薫りをバーの外には微塵も漏らすことのない超高機能換気も含め、ここには最強のものばかりが揃っているのだが、それらすら単なるお膳立ての小道具でしかない、と思う。

また、バーだけでなく、島地氏が自ら選び、自ら愛用しているものばかりを揃えたセレクトショップに並ぶ錚々たるアイテムたちの引力も非常に強いが、それすら「The」のつく存在ではない(余談だが、今回、それらのアイテムの具体的なブランド名をここに書き記すことはあえて行わなかった。ブランド紹介により島地氏の審美眼とサロンのカラーがより具体的になることは承知の上だが、字数の限られたこの原稿スペースがあっという間に埋まってしまうことは自明の理であるし、島地氏ご本人の言葉でこそブランドの横顔は紹介されるべき、と判断したからだ。ご興味のある方はぜひ島地氏の多くの著作を手にとっていただきたい)。

この「サロン・ド・シマジ」の“The 一番”は何か。
それは、人を惹き付け、場を納める島地氏の「司祭力」である。

むろん、ご本人もそのことは百も承知に違いない。インタビューの記録を取っていたわたしのノートの片隅に氏がそっと捺してくれた篆刻の印影がある。「一滴」の文字を指して「これはね、『ひとたらし』と読むんだ」。

遊びと浪費の玄人が今までに費やした時間とお金は無駄遣いではなく、氏から薫陶を受けたいと願う人々が集う場を醸成した。その中心で人たらしは悪戯っぽく笑うのだった。