2014.07.22 執筆コラム 生きる力と目的意識 ―キャリア教育は優れた夢先案内人か―

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2014年5号掲載

背番号10を付けてACミランで活躍するようになった本田圭佑選手の小学校卒業時に書いた作文が、UNIQLOのTVCMオンエア前からネットをはじめ、新聞やテレビを賑わせることとなった。「強く思えば願いは叶う」「願いは具体的に思い描くことが大切」「自分で思うだけではなく文字やイラストで表現したほうが実現しやすい」「ゴールイメージからの逆算で夢を引き寄せる」等々、数々の自己啓発本やなんとかの法則などにあまりにもぴったりのサンプルであったゆえに方々で引き合いに出されていた。少し前にはイチロー選手の卒業作文も同様に話題になっていたことも記憶に新しい。

将来なりたい姿を夢見ることは確かに素晴らしい。そこまで具体的に書かずにはいられないほど強く願える対象があること自体、羨ましいほどである。

夢や目標から逆算する「今」

思えば今や子どもから大人まで、夢や目標を問われる時代だ。どのような大人になりたいか。どのような仕事に就きたいか。どのような生活を送りたいか。どのような…。将来の夢や目標を問われる機会は、小学校を卒業するときの作文だけでなく、就活に奔走する大学生はもちろん、入社後も何年かおきの研修時や、あるいは管理職世代になっても早期退職制度の一貫として、退職後の暮らしイメージから今何をすべきかと問われるほどだ(そして打ち込める趣味見つけましょう、地域のコミュニティに参加しましょう、などのアドバイスが伴う)。

あなたの目標は何なのか。その目標実現のために、今何をすべきなのか。そうした逆算型の問いにあふれた社会が現代だ。目標や目的意識を自らが描き、実現を目指して管理していくこと。仕事も生活も趣味においても、そうした習慣を身につけることが目標実現の一番の近道であるということに、異論を挟むことは難しい。

夢実現ツールと夢実現教育

そのような社会を反映した市場として、アナログ的な手帳の人気が近年過熱気味である。単なるスケジュール管理はスマホで行ったとしても、夢の実現管理には手書きの手帳が有効らしい。

そして、その熱は子どもたちの教育現場にも伝播している。

大手有力手帳各社をはじめとする関係各社は、小中高生用にアレンジしたものを塾や学校単位で製作している。主に学習計画用としてだが、バーチカルタイプで今週の目標や達成状況を記入し、先生や保護者がチェックして、時に励まし、時におしりを叩きながらゴールを目指す、という使われ方だ。こうしたことが習慣化されれば、確かに目標管理に慣れるであろうし、ゴールイメージの実現においても回り道を避けられそうである。

また、現在、義務教育の場においても「将来、社会で自分の力で生きていける人になるため」に「キャリア教育」が注目を集めている。これは小学1年生からが対象の、まさに教育改革の目玉である政策と位置付けられているものだ。

文部科学省の資料※1)によれば、初めてキャリア教育という用語が登場したのは平成11年、「『学校教育と職業生活との接続』の改善を図るために,小学校段階から発達段階に応じてキャリア教育を実施する必要があると提言されて」おり、平成23年より本格的に展開されるに至った。「キャリア教育」という文言だけを耳にすると、小学校に入学したばかりの子どもに対してまで必要な教育なのか、と疑問を抱きたくもなるが、ここでの「キャリア」はもう少し広義、すなわち「生きる力」の類義で使われているようである。

半分以上が今は存在しない職業の未来

そもそもの発端は将来に対する危機感の強さであった。著しい変化の波が押し寄せている現在、今の小学生たちが大人になる頃には今ある職業の半分以上はなくなり、代わって今までにない新しい職業が生まれている社会になっているだろう。そのとき、保護者をはじめとする年長者たちの意見や指導が十二分に作用するかと問われれば、否、となる場面が多いに違いない。そうした事情が文部科学省の資料には以下のように記されている。「(前略)一人一人が「生きる力」を身に付け,明確な目的意識を持って日々の学校生活に取り組みながら,主体的に自己の進路を選択・決定できる能力を高め,しっかりとした勤労観・職業観を形成し,激しい社会の変化の中で将来直面するであろう様々な課題に対応しつつ社会人・職業人として自立していくことができるようにするキャリア教育の推進が強く求められています。(後略)」

改めて読むとお説ごもっともながら、要するに、自分で生きて行けるようになれよ、ということである。

さて、こうしたキャリア教育が実際の教育現場でどのように展開してされているのだろう。

計画の記入~振り返りの記入

先行している自治体のひとつである愛知県のキャリア教育ノート「夢を見つけ 夢をかなえる 航海ノート」の項目を見てみよう。「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の4つの能力で小中学校9年間のキャリア教育プログラムを組み立てている。例えば小学6年生では次のような内容(抜粋)を1年間に取り組むこととなる。「1年間の目標を決めよう」「がんばろう!運動会」「がんばろう!学芸会」「学ぼう!修学旅行」「わたしの足跡-1年間を振り返ろう」「わたしの履歴書」「小学生に携帯電話は必要か」「健康な食生活を考えよう」等々。

愛知県に限らず、ノート類を導入している自治体も同様である。これらは主に学級活動の時間に行われるが、おや、と思われる人も多いのではないか。こうしたことはずっと昔から取り組まれてきたことではないか、と。

実際に新しい教科というわけではなく、各教科を指導する際にキャリア教育の意識や視点を取り込み、ノートの類いを活用していくものです、と教育関係者も明かしている。

わかったような、わからないような…という先生方も全国には多いようで、さまざまな手引書や副教材としてのノートはもちろん、先述のマネジメント型の手帳のバリエーションも含め、既に百花繚乱状態である。また、ICTの教育現場への普及に伴いキャリア教育用のアプリやゲームも各学年向けに多種多様なものが生まれるに違いない。関係各社には商機をとらえ、おおいに発展していただきたいものだが、二つの点で不安や疑問を感じてしまう。

夢へのPDCAサイクルの功罪

ひとつは、マネジメント・ツールの使いこなし巧者やプレゼンの達人児童は続出しそうだが、ノートやアプリに収まりきれない生きる力や発想力に満ちた型破り型や突き抜け型の子どもたちの行き場や評価の受け皿はどのように確保されるのだろうか。

いや、いつの時代も、どのような教育が行われたとしても、一定数は突き抜け型がいるように、心配には及ばないかもしれないが。

もうひとつは、本田選手やイチロー選手などのスペシャリスト的な夢ではなく、「地元で公務員になって経済的な不安なく趣味や家族との時間を大切にした暮らしをしたい」という夢から逆算して学習や進学計画をマネジメントノートに記す小学生が続出しても適切に評価してもらえるだろうか。子どもらしさがない、などとよもや非難しないで欲しい。今や高校生の憧れの職業No.1※2)、それなりに狭き門を突破しないと叶わない夢であるし、ノートに真面目に取り組む子どもほど、そうなっても不思議ではない。

こうしたキャリア教育への取組成果が把握できるようになるまで、まだまだ時間を要するが、検証できる頃には検証することが馬鹿馬鹿しくなるほどの世の中になっているかもしれない。

たとえば学芸会や運動会のPDCAをマネジメントシートの如きノートに記す能力も大事ではあるが、何も描かれていない白紙に最初にペン先を置く自信と勇気を試す機会も同時に増やして欲しい。何があっても自分の食い扶持は自分で稼いでいける、そう思える自信を養うキャリア教育であって欲しい。企業が、そして社会が求めている人材をシンプルに考えるとそこに行き着くはずなのだが、いかがであろう。

※1)「小学校キャリア教育の手引き(改訂版)」
※2)全国高等学校PTA連合会/リクルート「第5回高校生と保護者の進路に関する意識調査2011年」