2013.11.11 執筆コラム 息子という鏡に映る「わたし」―ワーキングマザーと息子たち―

公益社団法人 日本マーケティング協会発行 『MARKETING HORIZON』2013年10号掲載

ひと頃、注目を集めていたキーワードに「母娘消費」というものがあり、仲良しの母と娘がショッピングや外食 ・ レジャーなどの消費行動おいて「ニコイチ」「貸し借り」など、いつでもどこでも一緒、同じものを別アレンジとはいえ共有して楽しむ傾向が見られ、それに合わせた商品やサービス、売り場などが意識された。

この傾向は30-40代の母親と学生の娘、あるいはまたシニアの母親と子育て一段落の娘という2つの母娘の組み合わせにおいて、消費の魅力的な担い手として熱い視線を注がれ続けている。

この頃は同じ母娘でも年老いた母と40~50代になった娘との積年の確執が話題になることも多いようだが、本稿のテーマは母と娘ではない。まったく異なるトーンで近頃話題になることが多い関係である「母と息子」に注目してみたい。

ここで取り上げる母親と息子の関係性は、いわゆる従来からの「息子溺愛の母親とマザコンの息子」とはおそらく一線を画するものである。

息子に失恋する母親?

今年5月23日の朝日新聞生活面に掲載され、大きな反響を呼んだ「息子に失恋」という見出しがついた記事。中1の一人息子に疎まれはじめた傷心の母親(43)である記者によるものだ。記事において、本来は正しい成長過程における自然な親離れである現象を「失恋」であるかの如く嘆き悲しむ母親たち。その背景として、①少子化の影響で親子関係が緊密化していることと、②今どき男子の草食化(女性的なものや心情に対する理解度や共感度が高くなっている)をあげていた。こうした点は従来からの「息子溺愛の母親とマザコン息子」とは異なる時代環境だろう。

反響の大きさや周囲の親子を観察していると、この記事に書かれたことが決して特異な例ではないことは明らかだ。果たして、失恋気分を味わうほどの母親とその息子との関係性は、何か新しい潮流を市場にもたらすだろうか。失恋記事が大きな反響を集めるほど共感者や身に覚えのある母親たちが多いことは明らかなのだが。

その答えを求める意味も兼ねて、10-20代の息子を持つ5人のアラフィフのワーキングマザーの方々にお話をうかがった。また、娘のみを持つ2人の母親にも同席いただき、男女間での比較情報も集めた。

息子には勝てない

まず誰においても共通していたのは、「母親は息子には甘い」という時代を超えた基本形である。「夫は娘に甘いが、わたしは息子に甘い」と自ら言っているように、自覚も十分にあり、甘いとわかりつつ甘やかしている。

彼女の家に入り浸っている息子(23)が時々帰宅する際に持ち帰る洗濯物(彼女の大好きなぬいぐるみも一緒)を、なんとなく納得できない想いを抱えつつも「息子に嫌われたくない」という想いと家事の達人としてのプライドから、毎回キレイに洗ってあげるPさん。娘(12)には一人前の大人になるようにと身なりから将来のことまであれこれ生活面で指導するにも関わらず、息子(16)には「まあ、このくらいでいいか」と厳しく言えないQさん。声変わりを経て、とうの昔に自分を追い越す身長になった息子は、今もなお「目の中に入れても痛くない存在」であり、嬉々として下僕として仕えることを厭わない存在なのだ。現にPさんは「夫に対しては女王様のようにわたしが上に立てるが、息子には従ってしまう」と認めている。

イクメンにはなって欲しくない

また、同じく悠久の時代を超える嫁姑問題に関しては「どんなに素敵な人が来ても気に入らないと思う」(Qさん)と明言。日頃、マーケティングの現場で今どきのイクメンや男性の育休の影響などの生活者動向について情報を収集し分析に務めていても、息子の未来は別問題だ。

娘(12)もいるQさんは「あまりにも気が利かない息子なので今、仕込んでいる。今の時代、料理ひとつくらいできないと結婚できないよ、と言っている」と言いつつも、「結婚した息子が皿洗いをするのはイヤだけど、娘の夫が皿洗いをするのはOK」と話す。

Rさんは、自分の息子(19)については「家事をやらせたくない」という本音を持つ。「今の若い男性が家事をするのはわかっていても、息子が結婚後にすごく家事をやっていたら、ちょっとお嫁さんに腹が立つと思う。あまりやらせたくない気持ちがある。息子が台所にいるのはあまり好きじゃないかも。自分の旦那なら全然OKだけど」と穏やかならぬ胸の内を覗かせる。

同じく19歳の息子を持つSさんは「息子は女の人に尊敬される男の人であって欲しい。奥さんに便利に使われるような夫にはなって欲しくないけれど、病気のときやいざというときには助けられる男性でいて欲しいし、これからは夫婦助け合っていける紳士でいて欲しい」と矛盾を抱えつつも未来を描く。

17歳のひとりっ子をもつTさんは「結婚した息子が料理をする姿は見たくない」とこそっとつぶやく。

「家にいるときは何もしなかったのに、彼女の家で料理をつくりたいから料理の本を貸して欲しいと言われた」Pさんは、息子が帰ってくるときには自分自身の実家の郷土料理を振る舞う機会が増えている。「たぶん母親の味を覚えさせようとしているのかな。物理的に会うことが減っているので、私の記憶を染みつかせようと思ったら料理なのかなって。覚えておいてもらいたい味なんだと思う」。

頭ではこれからの時代において、妻が専業主婦という世帯を築くことが難しいとわかっているし、いずれお嫁さんのものになってしまう息子の未来には抗えないが、「自分の何かを覚えていて欲しい」(Sさん)という想いは切実なのだ。

男の家事に対する本音と建前

今回お話をうかがったワーキングマザーの方々は40代後半-50代前半、いわゆるバブル世代であり、男女雇用機会均等法以降の入社組に該当する人も多いのだが、この世代は自らフルタイム正社員として子育てをしているものの、自分自身は専業主婦が多数を占める良妻賢母志向が強い時代の母親に育てられており、すり込まれている家庭モデルや母としてのロールモデルは昭和型が色濃く残っている場合が多い。同時に、理想の男性像として描かれる要素には「男は外でばりばり働く」というものもある。イクメンよりも、家事上手の男よりも、仕事ができる男の方に価値を置きがちである。

そうした男性像を抱いている一方、これからの時代は息子の稼ぎだけでは家庭を築けない世の中であることも承知しているし、子育てをしながらずっと仕事を続けてきた自分自身のプライドもあるために、「息子が選ぶ女性」に対する葛藤が生まれる。

先に「どんな女性であっても息子の結婚相手はイヤ」という本音を紹介したが、もう少し聞いていくと別の想いもうかがえる。

息子が選ぶ女性が怖い

「(息子の結婚相手は)働いていた方がいいけれど、それは専業主婦がいやだからではなくて、人並みの生活をするためには夫婦で働かないと無理だから」(Rさん)という冷静な意見もある一方で、「息子から『結婚相手は専業主婦がいい』と言われたらショックだと思う」(Pさん、Qさん)、「(奥さんになる)彼女自身の人生だからどちらでもいいけれど、『子どもとして働いていたお母さんがイヤだったから専業主婦の奥さんがいい』と言われたら、すごく悲しい」(Sさん)という率直な想いとともに、「できれば働く人を選んでくれると嬉しい。それで私の生き方を判断されるような気がする」(Tさん)と、これまでの自分の生き方のすべてをジャッジされるようなどきどき感が伝わってくる発言もあった。

彼ママに会うのは彼女にとって非常に緊張するイベントだが、彼ママ本人にとっても実はとても怖い瞬間なのだ。

実際に息子の交際相手に会った際、「彼女がとてもしっかりしていて、大学での専攻などわたしとの共通点もあり、なんだか安心した。ただかわいいだけの女の子だったら許さないかも」(Pさん)と、にこやかにほっとした表情を見せながらも、甘いだけではない一面が覗く。

恋人であり、先輩社会人でもあり

かつては「ママが一番キレイ」「ママと結婚する」と言ってくれていた息子が、いまや食事のとき以外は自室から出てこなくなってしまったと嘆くQさんは、「以前は私に髪を切るなと言ってくれていたのに、最近では髪型のことなんか何も言ってくれなくなった」とため息をつきながらも、ニキビが出始めた息子のためにメンズ洗顔料を買って渡しながら、息子が結婚したら同居はしたくないけれど気にはかけて欲しい、と思っている。息子にしがみつくような母親にはなりたくない、と自分に課しつつ、彼女の家からなかなか帰ってこない息子とメールで共通の趣味についてやりとりしながら「リアルでは寄ってきてくれないけれど、忘れられてはいないみたい」とつながりを確認するPさん。「『お母さんが死ぬときには子どもたちの顔が見える段階で目を閉じさせてね』と言おうかな」と今から最期を思う。

息子との関係は、理路整然と説明できるようなものではないのだ。息子の恋人的存在でありたい。息子のことを一番わかっている女性でありたい。広い心でなんでも受け容れられる母親でありたい。そう思うと同時に、誇りを持って働き続けてきたひとりの先輩社会人としても認められたい。経済の話を夫とばかりする息子をちょっと不満に思う(Pさん)のも、それゆえだ。

昭和の時代とは異なり、理想的な母親像をなかなか描けない一方で、息子が求めるすべてに応えられる人でありたい、とすら思ってしまう。頭の中にある母親モデルと、自分自身が体現している母親像、そしてこれからの時代にあるべき母親の理想像。それらに絡み合うたくさんの矛盾と日々折り合いをつけながら、家事と仕事を毎日回している。

また、働いているからこそ息子の存在が特別になってしまうのだ、と娘(8)をもつVさんは感じる。「働いているお母さんに限って息子LOVEが多い気がする。接する時間が限られているから、子ども自身も友達と過ごすよりお母さんと一緒にいたいように感じる」。

いつまでも「女の子」な母親たち

親離れしていく息子の成長に際して、「失恋」として一つの区切りを自ら打てる、あるいは打とうと努めるけなげさ。「親離れしつつある息子に、子離れできていない自分は隠したい。わたしにとっての息子は、密かに好きだということを隠している片思いの人」(Sさん)といういじらしさ。

それはまるで、初恋に身を焦がしているくせに、強がっている女子と、ぶっきらぼうだけど実はさりげなく優しい男子であったり、はたまたいつまでも乙女の心を忘れないお姫様と、その彼女をさりげなくお守りするナイト魂であったりするのだが、決して夫や娘たちが、いや、当の息子たちですら立ち入ることのできない母親たちの世界であるように映る。

母娘消費は二人で楽しめる仕掛けが効くが、母と息子の関係は母親たちの胸のうちに息づくユートピアへの理解と歩み寄りが欠かせないのかもしれない。